南国物語 第四話

そうこうするうちに次は労使問題の発生である。

現経営者に対する労働条件の改善・賃上げ要求が毎日の如く出てくるのである。
これは、創業社長の糸に引かれた内部の人間による間接的ゆさぶりとも考えらたが、いずれにしても現経営者の誰もそれにまともに対応できる人間はいない。

私が、過去の労使関係の経験に基づいて対応する訳だが、私の経験はせいぜい代理人を介在させた非常に法律的で冷静で間接的な対応であり交渉であったから、その流儀で進めていたら相手の労働者は益々不満と反発を募らせるのは明白であった。
この点は、経験不足と言わざるを得ない。

そして彼らはついに第三者の組合に駆け込み団交要求にまで発展した。
私の進め方(正攻法)では事態が収拾できないという協議の末、ここで初めて彼ら母子を陰で操る怪しい人物が彼らの代理人として登場して来ることになる。

私も同行して、彼ら親子の言う‘’先生‘’なる人物と面談を行った。
その人物が何を業としているのか、一見小さな町の法律事務所と言ったしつらえの場所に彼は居た。

『こいつが、ラスプーチンか。』
年の頃はさて、60を少し回ったところか、反社会勢力のような粗暴な面容でもなく、明らかに一般人の凡庸さと律義さは見当たらず、眼光のみ鋭く我々の話をしかと聞きながら、
『分かりました。では私がその団交の席に会社の顧問として出ましょう。』

既に、親子と彼の間には一定期間やり取りがあり、創業社長から経営権を奪取する頃から助言を得ていたと思われる親密さが感じられた。

私に対しては、『大変な役回りですなあ。この親子も赤子のようなものだから、助けてやってください。』
本心からとも思えない外交辞令は、この人物の得体の知れなさを尚不気味に感じさせた。

後日の団交で彼は予定通り顧問として出席し、怒声を張り上げるでもなく、静かなたたずまいの中に強烈な個性とカリスマ性で出席していた十数名の労働者に無言の圧力を与え、団交を成果のない交渉に導いたのである。

この手のオーラを放つ人間を私は今まで見たことがない。
新興宗教の教祖というものが、こういう人物なのだろう。

一方の私は、もう一方のやはり‘’得体のしれない‘’社長後見役として完璧に冷静な対応を従業員に対して示した為に彼らはさぞ取り付く島がなかったであろう。

とはいえ、この会社の労使争議は結局私がこの会社を去るまで続くことになる。

特にある工員を解雇した時には、街宣車が乗り込んできたこともあった。さすがに、私の長い会社生活で直接、『こら、社長出て来んかい、なぶっとったらいてまうぞ。』などと物騒なことをスピーカーで近所丸聞こえにやられたことはない。

今思えば、得難い経験だが、その時は、「ちょっと、やばいことになるかな。軽々しくこの仕事を引き受けたのは間違いだったかな。」
と思ったが、後日何事もなく自然消滅した。
さすがに、反社会勢力と直接接触したことがないので、対応無策であった。

こうしたまがまがしい出来事が毎日繰り返されていく中でも、歴史に彩られたこの小牧という場所での生活を楽しんでいたのだから、私も気分転換が我ながらうまいというか、物事に無頓着と言うか、なかなかの人間と言えなくもない。

小牧でなんともとんでもない毎日を過ごすようになって、まだ数カ月。同時並行で、様々な問題が進行しつつも、個人的には崖っぷちに立って居る訳でもなく、週末には近所を散策したり名古屋に足を延ばしたりして、久々の単身生活を楽しんでもいた。

この小牧という場所は、かの「小牧・長久手の戦い」が行われた場所でである。と言っても歴史に興味が無ければ知らなくて当然の出来事である。

住まいから歩いて行ける所に、『小牧城』がある。と言っても、標高86メートルのこんもりした丘に過ぎない。
しかし、ここに若き秀吉と家康が信長の跡目を争い一戦を交え、秀吉が敗退したのかと思うと、足元がゾクゾクする。
この小牧滞在の数カ月に何度登ったことだろう。

閑話休題

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