さてインドネシアも関わりあって3年

表題とは関係なく、当地インドネシアに居住を始めてこの方、ほぼ週日毎日日本に居る細君と昼食後の30分ほど無料電話で会話するのが日課になっている。 特別、義務とか嫌々とでやっているのではなく、飽きもせず面倒でもなく、取り留めのない会話で時間が過ぎていく。 離れているが故に会話も途切れず、話題も偏らず、私には良い脳内開放とリラックスの時間…
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南国物語 第七話

2001年1月11日、 私と細君の、結果的には長い新たな生活がスタートした日。 細君にとっては実感としての変化はなかった昨日と今日であったろう。 しかしその後の日々の過ごし方、開けた世界への探訪・交友・精神的ゆとりなどははっきりと見えなくても、『たら、れば』で考えたら大きな変化の日々の始まりであった。 再就職先。 資本…
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南国物語 第六話

『南国物語』をいつ始められるのやら、もう少し先になりそうである。 21世紀最初の年を波乱万丈に小牧で過ごし、翌年から心機一転ビジネス生活の仕切り直しを東京台東区にある外資系の会社の経理部長としてスタートを切った。 結果としてだが、その会社に2016年まで16年9か月働くことになる。 細君曰く、『3年くらいでやめるかな。』と…
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南国物語 第五話

労働問題に煩わされている中で、会社では新たな出来事が私を待ち受けていた。 現社長には姉がおり、父親を追い出した後、彼が進めていた中国の工場の運営を引き継いで行っていた。 彼女は、聞きしに勝る女傑と聞いており、ついにお目にかかる日がやってきた。 私が会社に入ったことを聞いた彼女は、中国で彼女が計画している事業に私を絡ませようと帰…
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南国物語 第四話

そうこうするうちに次は労使問題の発生である。 現経営者に対する労働条件の改善・賃上げ要求が毎日の如く出てくるのである。 これは、創業社長の糸に引かれた内部の人間による間接的ゆさぶりとも考えらたが、いずれにしても現経営者の誰もそれにまともに対応できる人間はいない。 私が、過去の労使関係の経験に基づいて対応する訳だが、私の経験…
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南国物語 第三話

今の若社長の父親がその会社の創業社長であったが、当時既に家電産業が盛んとなっていた中国(主としてハイアールをターゲット)に事業展開を進めたころからそちらに集中した為に日本の経営をおざなりにし始めたこと、そして中国での事業拡大に非合法的な金を使い、それが当局との係争に発展し始めたこと、日本でのかじ取りに人材がいなかったと言った状況で、彼の…
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南国物語 第二話

さて、物語は少し(と言うか、随分)遡り、この第三の挑戦に到るまでの道のりを語りたい。 正確に言うとこの挑戦は第三ではなく、『第四』の転身である。 長らく務めた会社を辞めた後約半年(実際関わったのは4カ月ほど)、愛知県の小牧市にある洗濯機の部品メーカーに社長の指南役というか管理全般の面倒を見てほしいと誘いがあり在籍していた。 …
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南国物語  第一話

南国の(と言うか、インドネシア・ジャワ島の西部の)雨季は、誠に鬱陶しい。他の国・地域のそれはシンガポールしか知らないが、かの地は一日一度シャワーのような雨がドカッと降って後はからりと晴れると言ったもので、’雨季’と言うのはそうかと思っていたら、当地ではそうした降りかたと、一日どんよりとして時にバケツをひっくり返したような雨が降るのと二種…
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鬼ごろし

これまた小学生の時の話。 五年生の時修学旅行に奈良、京都に行った。 平安神宮・二条城・銀閣・金閣、そして奈良は春日大社・東大寺・法隆寺・・・。 汽車(まだ蒸気機関車だった)の車内でふざけている写真。 鴨川の河原の真ん中で何か取ってもろ手を上げている写真。 二条城の前、集合写真の一番前でなぜか首振りのサルの土産をこれぞと…
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午後のうたた寝の中で

某月某日 一日中霧のような雨。 でなければ、街中にでも出かけて店をひやかして来ようと思ったが、結局ぐうたら家で何をするでもなく小学校のアルバムとかを漫然と眺めていたら知らないうちにウトウトと眠ってしまったらしい。 「xx!(私の名前)おみゃあ、斎藤雅子(仮名・小学校の同級生)が好きなんじゃあないんか。」と親友の花山俊夫(同じく仮…
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我が城下町

昭和2x年、戦後に私が生を受けた場所は、古くからの城下町である。 生家は城の天守閣から2キロほど北に行った、かって外堀であった小運河を300メートルばかり離れた場所に父が初めて建てたものである。 地名に「庄」の字が付くことから、お城の周辺に居住する武士階級の外側の農民耕作地域であったと思われる。 私が生まれた当時はまだ宅地化の…
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仏像彫刻、今日この頃

某月某日 奈良を旅した。 行きたいと、かねて望みながら中々踏み出せずにいたが、今彫っている東大寺戒壇堂四天王の一つ、広目天の 実物を今一度見ておきたいという実需から躊躇なく軽やかに腰を上げた。 昨年も一度訪れているが、その時は接写感覚ではなく、広角レンズ・距離5メートル的視線で観たというか眺めただけであった。 今回は、…
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わが故郷(さと)広島弁

広島といっても岡山との県境にある私の生まれ故郷の国訛りは岡山弁と紛らわしい。 もちろん他の地域の人には判別できないレベルの高い違いであるが。 偶に帰ると街の中で聞こえてくるその訛りが懐かしい。 自分は22歳まで過ごしていながら、今はすっかりその言葉が操れない。 耳の記憶が、発する言葉に連結していないというのは自分でも理解しがたい…
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ああ、高尾よ!哀れなる高尾よ

某月某日 何年振りかで山歩き。 馴染みの高尾山。 朝8時に家を出て、横浜線長津田から八王子へ。 車内に入った途端、席には八割かた山歩き装備の高齢者の群れ。 嫌な予感。 「この人たち皆、高尾?」 案の定、八王子まで席を立つ人なし。着いた八王子のホームには更なる大群。 「これから山行くぞう。」が体中覆ったようないでたちの…
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仁王像二体に続く2011年の彫刻は

今年から、東大寺戒壇堂の四天王を彫っていいこうと考えているのであります。 まずは、広目天 右手に筆をとり、左手に巻物を持っています。これは、広く世間を見、視野を広げ正しい知恵を得ることを表し、 結果的に無量の寿命を得ることになるという意味を表しています。 よってこの仏は、無病息災の仏とされています。方位は西。色は白で表されま…
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9ヵ月ぶりのブログ更新 - 2010年の成果は?! -

昨年の白衣観音の完成に引き続き、今度は金剛力士像(仁王様)に挑戦し、先日11月の展示会になんとか間に合った。 ’’阿形’’と’’吽形’’である。 まだまだデフォルメされた五等身程度の一尺の仏像であるが、それなりの仕上がりとなった。 我ながら毎日眺めても飽きのこない出来である。 日々の仕事と切り離しての無心の彫刻彫りの時間…
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今度は金剛力士像

お寺の山門にある「仁王」さまである。 そのうちの今回は「阿形」像。 これに続いて「吽形」像も彫って、仁王様の完成である。 今年の目標。 仁王像というのは諸説あるお像で、ギリシャ神話のヘラクレス像がインドを経由して東方に伝わり、仏像彫刻に転化したとか、「帝釈天」が地上の悪を懲らしめるために化身し、二つに分かれたとか。 「…
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ぷうさんのインド紀行

1995年、今から15年前初めてインド・ニューデリーを訪れた。 インドという国は、好きになる人と嫌いになる人が極端に分かれる国だと聞かされていた。 それをわが目で確かめる初めての機会を得て期待と想像に胸を膨らませてインドの地を踏んだことを思い出す。 ニューデリーは首都だけあって緑豊かでイギリス式の街・街路が想像を超えて整然としてい…
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観音様99%完成

最後のブログ更新が9月22日でした。 「日々雑感」すらもなく、日々寝てたのかと云われれば、それはそれなりに色々とあり暮らしていたのですが、 ブログに掲載するに適当なこともなく、と言うのも言い訳で、ほんとのところは生来の飽き性のせいで間遠になっただけ。(^_^メ) さて、ゆっくりじっくり彫っていた白衣観音様もさすがに完成を迎えま…
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世界遺産めぐり

久々のブログ更新のくせに、ネタはひと月以上も前の夏休みの帰省でのスケッチです。(^_^メ) 世界には870を超えるユネスコ世界遺産があると言いますが、そのうち日本にいくつあるのか知りませんけど この夏出かけたところが図らずもそうだったようで。 安芸の宮島・比叡山延暦寺、そして岩国の錦帯橋(こちらは只今申請中…
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