南国物語 第六話

『南国物語』をいつ始められるのやら、もう少し先になりそうである。

21世紀最初の年を波乱万丈に小牧で過ごし、翌年から心機一転ビジネス生活の仕切り直しを東京台東区にある外資系の会社の経理部長としてスタートを切った。

結果としてだが、その会社に2016年まで16年9か月働くことになる。
細君曰く、『3年くらいでやめるかな。』と言っていたそうだが。

外資系のその会社での16年は、自分と細君に何をもたらしたのか。

私には子供が二人いるが、彼らは私がどこでどのような仕事をやっているかに関心を持ったこともないし、私が彼らにその影響をもたらしたのはせいぜい転勤・転居による生活場所の変化くらいなものであった。

子供のことすべてについて、細君に任せきりであり、時に進学などでの相談があっても、私が異論をはさむことは無い。
これは無関心とか無責任とは少し違う。あえて言えば、私の心に占める優先事項の中で上位になかったということだろう。
私の中での優先事項とは、「自分が楽しく過ごすこと。」
一見「手前勝手/利己的」に聞こえるが。
しかし、私は自分自身が幸せであること(誰かの為とか、誰かの犠牲になるのではなく)が、間違いなく細君と子供たちの幸せに繋がると信じていた。
とは言いながら、金銭的状況は如何ともしがたく、結婚以来二十数年は、人並みかもしくはそれ以上に細君には苦労を掛け続けてきた。

幸運としか言いようがない出来事があり、2001年当時やっとその重圧と苦労から解放されたのは、『私が頑張ったからである。』などと大それたことは決して言えない。
それはただ、様々な僥倖に恵まれた、ただそれだけである。

私の人生は、すべてのことが2000年と言う一年を踊り場に大きく転回したことは間違いない。

しばらく、その大きな変化のいくつかを書き記したい。

2001年からの外資系での再就職が決まるに際しても、「人の運命かくあるかな」という逸話がある。

前年の小牧での劇的幕切れのあと、人生初めて「再就職活動」なるものをはじめ、すでにインターネット社会であり、就職サイトに、「当方財務・経理経験者・海外駐在経験あり・財務・経理業務希望・勤務場所不問・年齢48歳」とエントリーした結果、早速17社から引き合いが来たのには驚いた。

その中から名古屋・大阪・東京と何社かに出向き面接を行った。

ある会社からは、「ちょっとオーバースペックですね。」とうまく断られもしながら、なんとか二社が数度の面接に進み『どちらかに決まるな』と思っていたところ、一社から『申し訳ありません、最終的に不採用という決定となりました。』と。

まあ如何ともし難い訳で、もう一社(外資ピザチェーンが経営する木材の輸入会社)で内定をもらっていたのを受けて応諾の回答を時を置かず出した。

まずは再就職が決まり一安心と、細君と旅に出かけていた時一つの
電話がかかってきた。
先に不採用の連絡をしてきた会社の社長からであった。

『今更言えないのですが、できるなら是非当社に来て頂けませんか。』と。

普通であれば、こちらもすでに他社に決めている以上その誘いは断るべきものだが、なんと私はそちらに鞍替えしたのである。

この決断こそがそれからの十数年の私と細君の新たな世界を見せてくれる大きな運命が動いたのである。

入社後しばらくして、社長に何故一度不採用とした人間を復活させたのかと聞いたところ、『最終的に、あなたともう一人、30代のMBA資格を持っている女性が残り、日本統括のイギリス人がその女性を選好したのですが、その女性から断られましてね。』
あまり聞きたくもない話を、あるがまま何の思慮もなく口にするこの社長に呆れはしたものの、心中『よく断っていただきました。』とその女性に未だに感謝している。

さいころの目がどう転ぶのか、人生は面白い。

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