南国物語  第一話

南国の(と言うか、インドネシア・ジャワ島の西部の)雨季は、誠に鬱陶しい。他の国・地域のそれはシンガポールしか知らないが、かの地は一日一度シャワーのような雨がドカッと降って後はからりと晴れると言ったもので、’雨季’と言うのはそうかと思っていたら、当地ではそうした降りかたと、一日どんよりとして時にバケツをひっくり返したような雨が降るのと二種類がある。今回の雨季はもっぱら後者タイプ。

これは体に余りよろしくない。ジメジメと体の中がかびてきそうで。と言って乾季のあの刺すようなフライパンで焦がされるような暑さが好きな訳でも恋しい訳でもない。
日本の適度なタイミングで緩やかに変わる季節がやはり懐かしい。

考えてみれば、今まで生活の拠点を決めるのに気候・風土を筆頭最初に置いてきたことは無い。また、気ままに都合良く居住する場所を転々とできる自由人でもない。

今年2019年の8月には、齢67となる。
それは年寄り(老人)なのか、まだ若いのかは、相対的視点である、と思っている。
自分自身は、だいぶくたびれてきたなと言うのが実感である。

なんの巡り合わせか赤道直下の国インドネシアで『なりわい』と『たつき』を得て暮らし明かしている。

もう2年が過ぎた。

最初は、48歳でそれまで26年勤めた会社を辞め転職した時は、『後10年実業の世界で自分を活かしたい。』と思った。
その58歳の歳はあっけなくやり過ごし、60歳の還暦も何の感慨もなく、顧みることもなく更に数年過ぎ、さすがに自分のやるべきことにやりつくした感が芽生え、このまま漠然と無為徒食の後ろめたさを感じ始めたのが63歳のころであった。

まず最初のプランでは『これからは、自分がやりたいこと(仕事ではなく)を気ままにやるぞ。カミさんと約束の国内外の旅行も行くぞ。』と思いもし、【やりたいことリスト】まで作ったりした。
『これからやりたいことをやりたい時にできるぞ。』という解放感と高揚感でひと時自分の中で盛り上がっていたりもした。

一方で、相変わらず、『どこかに何か面白い『仕事』はないかしらん。』と耳をそばだてて居る自分も居たのである。


「わたしもそろそろ今の会社から引こうかなって考えてるんですよ。」

「そうなんですか?!だったら是非うちに来てもらえませんか!」

なんて根も葉もない会話を数年やり取りしていたところがいくつかあり、

「まあ、その時うまくタイミングとニーズが合致したら是非。」

なんて、お互い本音とも外交辞令ともとれるやり取りで、心中「よし、その時の為に確保。」なんて身勝手で失礼なことを考えていたりしていたのである。

その手の話はどこにでもある珍しくもないことで、そこから先に具体化するのはある種の「出会い頭」というか「縁」とかいうもの。プラス自分自身の決断と勘がそれを後押しして決まるものなのであろう。

だから所詮は自己責任の世界で、そこから生じる結果と言うものには
意地でも後悔してはいけないし、
逃げ出してはいけないし、
カミさんを不幸にしてはいけない
というのが私が決めた自分に課したルールである。
(それは誓って本意である。守られてきたかどうかは別にして。)

そして踏み出したのである、第三のそして人生最後のビジネスでの挑戦を。

物語は、次に続くのであります。

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この記事へのコメント

にゃん子
2019年02月16日 13:19
 ブログ 再開 おめでとう!!
 続きを 楽しみにしています♪♪