わが故郷(さと)広島弁

広島といっても岡山との県境にある私の生まれ故郷の国訛りは岡山弁と紛らわしい。
もちろん他の地域の人には判別できないレベルの高い違いであるが。
偶に帰ると街の中で聞こえてくるその訛りが懐かしい。
自分は22歳まで過ごしていながら、今はすっかりその言葉が操れない。
耳の記憶が、発する言葉に連結していないというのは自分でも理解しがたい。

中学から地域と隔絶された教育環境の中にいたこと、大学もあらゆる地域からの学生の集まりであるが故
完璧な地域言語の中に浸されていなかったせいかと思われる。

大学の下宿屋の息子は東京の大学に行っているらしく、休みに帰った際の言葉づかいは
「・・・だからさあ。」とか「・・・・なんちゃってね。」という蓮っ葉なしゃべりようを耳にするたび
虫唾が走る嫌悪感を感じたものである。
その自分が、今や平気で「・・・なんだもんね。」とか「・・・ないじゃん。」なんて日常的に言ってるのだから
何おかいわんやであるが。

祖父・父は純粋無欠の広島人で、広島弁以外の言語は知らずに一生を終えた。
「わしゃあのう、こぎゃあななりはしとるがのう、なかなか苦労しとるんで。おみゃあらにゃあ分からんじゃろうがのう。」
「おみゃあはのう、すこうしいちぎゃあなけえ、どひょうしもにゃあことせにゃあええがのうとおもうとるんで。」
しゃべれはしないが、いまでも耳にその口調が蘇る。

父は「先生」を決して「せんせい」とは云えなかった。「しぇんしぇい」なのである。

昨年45年振りに小学校の同窓会に出た。
私を見知る(私自身は記憶にないのだが)同級生が、「・・・クン、どうしとったんなら。気にしとったんで、・・・クンはどこでどぎゃあにしとるんじゃろうのういうて。」

45年振りで再会していきなり「クン」はないだろうけれど、その言葉の100%広島弁であったことのうれしさ。
写真で見たことのある有名な建造物を直にみた感動に近い、というと大袈裟か。

しばらくは自分の生まれ育った場所の言葉にくるまれていたら、適度な温度の温泉に浸るよりなごみ効果がある気がする。

大阪人は大阪弁に誇りを持ち、決して東京弁には変えないという。
東京に対する対等意識が潜在的にあるようで、いささか見苦しい。(実力が伴っていないが故に)

その点広島人は、はなからそういう対抗意識ではなく、広島弁の使い良さ、感情・意思表現として最もふさわしい
と思うが故のみで広島弁を日常言語として採用している、と思う。

私の好きな表現に、
「・・・しとっちゃった?」
これは、相手にやさしく問いかける表現。
「どうされてましたか?」を「どうしとっちゃった?」という。  なんと優しく心配りのある言い方であろう。
昔見染めし人に久方の再会。こう切り出されたら、腰が砕けます。


そして、多くの人が間違える表現
「みやしい」と「なおす」
「こぎゃあなこたあ、みやしいことじゃが」とは「こんなことは簡単なことさ」
「おい、あのどうぐばこお、なおしとてくれえ」とは、道具箱を修理することではなく「片づけておいて」という意味。
因みに、「道具箱お」の「お」は助詞の「を」ではなく、「こ」の語尾が伸びた「お」である、念のため。

一度広島へ行ってみんさい。ぼっけえ変った日本語が飛び交っとるけえね。


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